13  源氏、二条の院で少女と交流する

明けてゆく朝の光を見渡すと、建物や室内の装飾はいうまでもなくりっぱで、庭の敷き砂なども玉を重ねたもののように美しかった。少納言は自身が貧弱に思われてきまりが悪かったが、この御殿には女房がいなかった。あまり親しくない客などを迎えるだけの座敷になっていたから、男の侍だけが縁の外で用を聞くだけだった。そうした人たちは新たに源氏が迎え入れた女性のあるのを聞いて、

「だれだろう、よほどお好きな方なんだろう」

などとささやいていた。源氏の洗面の水も、朝の食事もこちらへ運ばれた。遅くなってから起きて、源氏は少納言に、

「女房たちがいないでは不自由だろうから、あちらにいた何人かを夕方ごろに迎えにやればいい」

と言って、それから特に小さい者だけが来るようにと東の対のほうへ童女を呼びにやった。しばらくして愛らしい姿の子が四人来た。女王は着物にくるまったままでまだ横になっていたのを源氏は無理に起こして、

「私に意地悪をしてはいけませんよ。薄情な男は決してこんなものじゃありませんよ。女は気持ちの柔らかなのがいいのですよ」

もうこんなふうに教え始めた。姫君の顔は少し遠くから見ていた時よりもずっと美しかった。気に入るような話をしたり、おもしろい絵とか遊び事をする道具とかを東の対へ取りにやるとかして、源氏は女王の機嫌を直させるのに骨を折った。やっと起きて喪服のやや濃い鼠の服の着古して柔らかになったのを着た姫君の顔に笑みが浮かぶようになると、源氏の顔にも自然笑みが上った。源氏が東の対へ行ったあとで姫君は寝室を出て、木立ちの美しい築山や池のほうなどを御簾の中からのぞくと、ちょうど霜枯れ時の庭の植え込みが描いた絵のようによくて、平生見ることの少ない黒の正装をした四位や、赤を着た五位の官人がまじりまじりに出はいりしていた。源氏が言っていたようにほんとうにここはよい家であると女王は思った。屏風にかかれたおもしろい絵などを見てまわって、女王はたよりない今日の心の慰めにしているらしかった。

源氏は二、三日御所へも出ずにこの人をなつけるのに一所懸命だった。手本帳に綴じさせるつもりの字や絵をいろいろに書いて見せたりしていた。皆美しかった。「知らねどもむさし野と云へばかこたれぬよしやさこそは紫の故」という歌の紫の紙に書かれたことによくできた一枚を手に持って姫君はながめていた。また少し小さい字で、

ねは見ねど哀れとぞ思ふ武蔵野の露分けわぶる草のゆかりを

とも書いてある。

「あなたも書いてごらんなさい」

と源氏が言うと、

「まだよくは書けませんの」

見上げながら言う女王の顔が無邪気でかわいかったから、源氏は微笑をして言った。

「まずくても書かないのはよくない。教えてあげますよ」

からだをすぼめるようにして字をかこうとする形も、筆の持ち方の子供らしいのもただかわいくばかり思われるのを、源氏は自分の心ながら不思議に思われた。

「書きそこねたわ」

と言って、恥ずかしがって隠すのをしいて読んでみた。

かこつべき故を知らねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらん

子供らしい字ではあるが、将来の上達が予想されるような、ふっくりとしたものだった。死んだ尼君の字にも似ていた。現代の手本を習わせたならもっとよくなるだろうと源氏は思った。雛なども屋根のある家などもたくさんに作らせて、若紫の女王と遊ぶことは源氏の物思いを紛らすのに最もよい方法のようだった。

大納言家に残っていた女房たちは、宮がおいでになった時に御挨拶のしようがなくて困った。当分は世間へ知らせずにおこうと、源氏も言っていたし、少納言もそれと同感なのであるから、秘密にすることをくれぐれも言ってやって、少納言がどこかへ隠したように申し上げさせたのである。宮は御落胆あそばされた。尼君も宮邸へ姫君の移って行くことを非常に嫌っていたから、乳母の出すぎた考えから、正面からは拒まずにおいて、そっと勝手に姫君をつれ出してしまったのだとお思いになって、宮は泣く泣くお帰りになったのである1

「もし居所がわかったら知らせてよこすように」

宮のこのお言葉を女房たちは苦しい気持ちで聞いていたのである2。宮は僧都の所へも捜しにおやりになったが、姫君の行くえについては何も得る所がなかった。美しかった小女王の顔をお思い出しになって宮は悲しんでおいでになった。夫人はその母君をねたんでいた心も長い時間に忘れていって、自身の子として育てるのを楽しんでいたことが水泡に帰したのを残念に思った。

そのうち二条の院の西の対に女房たちがそろった。若紫のお相手の子供たちは、大納言家から来たのは若い源氏の君、東の対のはきれいな女王といっしょに遊べるのを喜んだ。若紫は源氏が留守になったりした夕方などには尼君を恋しがって泣きもしたが、父宮を思い出すふうもなかった。初めから稀々にしか見なかった父宮であったから、今は第二の父と思っている源氏にばかり馴染んでいった。外から源氏の帰って来る時は、自身がだれよりも先に出迎えてかわいいふうにいろいろな話をして、懐の中に抱かれて少しもきまり悪くも恥ずかしくも思わない。こんな風変わりな交情がここにだけ見られるのである。

大人の恋人との交渉には微妙な面倒があって、こんな障害で恋までもそこねられるのではないかと我ながら不安を感じることがあったり、女のほうはまた年じゅう恨み暮らしに暮らすことになって、ほかの恋がその間に芽ばえてくることにもなる。この相手にはそんな恐れは少しもない。ただ美しい心の慰めであるばかりであった。娘というものも、これほど大きくなれば父親はこんなにも接近して世話ができず、夜も同じ寝室にはいることは許されないわけであるから、こんなおもしろい間柄というものはないと源氏は思っているらしいのである。


  1. 亡き嫁の忘れ形見を連れ戻しに来たら誰かにさらわれていた。泣く泣く帰るのも仕方ないが、尼が娘のために兵部卿の宮を疎んでいたせいでもある。↩︎

  2. 中間管理職に対する心遣いが源氏も宮もなっていませんね…。そりゃ困るでしょ。↩︎