2 源氏、尼と少女を覗き見、少女を身近に置きたいと悩む
若紫の絵図。覗いているのが源氏、後ろで控えているのが惟光、髪の長いのが紫の上、髪の短いのが尼。画像は『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』を参照。
山の春の日はことに長くてつれづれでもあったから、夕方になって、この山が淡霞に包まれてしまった時刻に、午前にながめた小柴垣の所へまで源氏は行って見た1。ほかの従者は寺へ帰して惟光2だけを供につれて、その山荘をのぞくとこの垣根のすぐ前になっている西向きの座敷に持仏を置いてお勤めをする尼3がいた。簾を少し上げて、その時に仏前へ花が供えられた。室の中央の柱に近くすわって、脇息の上に経巻を置いて、病苦のあるふうでそれを読む尼はただの尼とは見えない。四十ぐらいで、色は非常に白くて上品に痩せてはいるが頬のあたりはふっくりとして、目つきの美しいのとともに、短く切り捨ててある髪の裾のそろったのが、かえって長い髪よりも艶なものであるという感じを与えた。きれいな中年の女房が二人いて、そのほかにこの座敷を出たりはいったりして遊んでいる女の子供が幾人かあった。その中に十歳ぐらいに見えて、白の上に淡黄の柔らかい着物を重ねて向こうから走って来た子4は、さっきから何人も見た子供とはいっしょに言うことのできない麗質を備えていた。将来はどんな美しい人になるだろうと思われるところがあって、肩の垂れ髪の裾が扇をひろげたようにたくさんでゆらゆらとしていた。顔は泣いたあとのようで、手でこすって赤くなっている。尼さんの横へ来て立つと、
「どうしたの、童女たちのことで憤っているの」
こう言って見上げた顔と少し似たところがあるので、この人の子なのであろうと源氏は思った。
「雀の子を犬君が逃がしてしまいましたの、伏籠の中に置いて逃げないようにしてあったのに」
たいへん残念そうである。そばにいた中年の女が、
「またいつもの粗相やさんがそんなことをしてお嬢様にしかられるのですね、困った人ですね。雀はどちらのほうへ参りました。だいぶ馴れてきてかわゆうございましたのに、外へ出ては山の鳥に見つかってどんな目にあわされますか」
と言いながら立って行った。髪のゆらゆらと動く後ろ姿も感じのよい女である。少納言の乳母と他の人が言っているから、この美しい子供の世話役なのであろう。
「あなたはまあいつまでも子供らしくて困った方ね。私の命がもう今日明日かと思われるのに、それは何とも思わないで、雀のほうが惜しいのだね。雀を籠に入れておいたりすることは仏様のお喜びにならないことだと私はいつも言っているのに」
と尼君は言って、また、
「ここへ」
と言うと美しい子は下へすわった。顔つきが非常にかわいくて、眉のほのかに伸びたところ、子供らしく自然に髪が横撫でになっている額にも髪の性質にも、すぐれた美がひそんでいると見えた。大人になった時を想像してすばらしい佳人の姿も源氏の君は目に描いてみた。なぜこんなに自分の目がこの子に引き寄せられるのか、それは恋しい藤壺の宮5によく似ているからであると気がついた刹那にも、その人への思慕の涙が熱く頬を伝わった。尼君は女の子の髪をなでながら、
「梳かせるのもうるさがるけれどよい髪だね。あなたがこんなふうにあまり子供らしいことで私は心配している。あなたの年になればもうこんなふうでない人もあるのに、亡くなったお姫さんは十二でお父様に別れたのだけれど、もうその時には悲しみも何もよくわかる人になっていましたよ。私が死んでしまったあとであなたはどうなるのだろう」
あまりに泣くので隙見をしている源氏までも悲しくなった。子供心にもさすがにじっとしばらく尼君の顔をながめ入って、それからうつむいた。その時に額からこぼれかかった髪がつやつやと美しく見えた。
生ひ立たんありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えんそらなき
一人の中年の女房が感動したふうで泣きながら、
初草の生ひ行く末も知らぬまにいかでか露の消えんとすらん
と言った。この時に僧都が向こうの座敷のほうから来た。
「この座敷はあまり開けひろげ過ぎています。今日に限ってこんなに端のほうにおいでになったのですね。山の上の聖人の所へ源氏の中将6が瘧病のまじないにおいでになったという話を私は今はじめて聞いたのです。ずいぶん微行でいらっしゃったので私は知らないで、同じ山にいながら今まで伺候もしませんでした」
と僧都は言った。
「たいへん、こんな所をだれか御一行の人がのぞいたかもしれない」
尼君のこう言うのが聞こえて御簾はおろされた。
「世間で評判の源氏の君のお顔を、こんな機会に見せていただいたらどうですか、人間生活と絶縁している私らのような僧でも、あの方のお顔を拝見すると、世の中の歎かわしいことなどは皆忘れることができて、長生きのできる気のするほどの美貌ですよ。私はこれからまず手紙で御挨拶をすることにしましょう」
僧都がこの座敷を出て行く気配がするので源氏も山上の寺へ帰った。源氏は思った。自分は可憐な人を発見することができた、だから自分といっしょに来ている若い連中は旅というものをしたがるのである、そこで意外な収穫を得るのだ、たまさかに京を出て来ただけでもこんな思いがけないことがあると、それで源氏はうれしかった。それにしても美しい子である、どんな身分の人なのであろう、あの子を手もとに迎えて逢いがたい人の恋しさが慰められるものならぜひそうしたいと源氏は深く思ったのである7。
京都国立博物館所蔵 源氏物語絵色紙帖に描かれているシーン。源氏の後ろに惟光がいる。↩︎
源氏の乳母子。Wikipediaに記載がある。↩︎
紫の上の母方の祖母。紫の上の母はこの時点ですでに亡くなっている。↩︎
この少女が後の紫の上(源氏の正妻)。若かりし頃の彼女から、この段は若紫となっている。源氏物語随一の常識人かつ理想的な女性。紫式部が「紫」式部と呼ばれるのも彼女のせい。源氏物語の女性名は花の名前であることから、おそらくムラサキを指すのだと思う。↩︎
源氏の父(桐壺帝)の中宮。源氏の母(桐壺の更衣)によく似ている。源氏が父に内緒で手を出して、生まれた子供が冷泉帝(朱雀帝の次の代)となる。紫の上は藤壺の宮の縁者で、藤壺の宮によく似ている。源氏は生まれながらのエリートの色男なのに屈折してますね…。↩︎
源氏は若紫では17~18歳ぐらいのはずだが、すでに陸軍省の事務次官ぐらいの立場にあった様子。頭中将も同じぐらいの立場なので、まさに銀のさじを加えて生まれてきたと言ってよさそう。だって皇子だもの。定家が40近くになっても出世できず、イライラするのもわからなくはない。↩︎
若紫は10に届いていない少女なので、17~18歳の青年がいたいけな少女に想いを寄せていることになる。そうかと思うと人妻(藤壺)に手を出していたり、未亡人(六条御息所)に手を出していたりと、なかなか節操がない。堺屋太一がなぜ偉いのかわからんけどエライ人の例として挙げるのもわからなくはない。実際にはこの前後の藤原家は権力争いで血肉を争っていたはずで、女官の立場ではそのあたりがよく分からなかったということもあると思う。↩︎