7  源氏、父帝に会った後、疎遠の嫁に会いに行く

帰京した源氏はすぐに宮中へ上がって、病中の話をいろいろと申し上げた。ずいぶん痩せてしまったと仰せられて帝1はそれをお気におかけあそばされた。聖人の尊敬すべき祈祷力などについての御下問もあったのである。詳しく申し上げると、

「阿闍梨2にもなっていいだけの資格がありそうだね。名誉を求めないで修行一方で来た人なんだろう。それで一般人に知られなかったのだ」

と敬意を表しておいでになった。左大臣も御所に来合わせていて、

「私もお迎えに参りたく思ったのですが、御微行の時にはかえって御迷惑かとも思いまして遠慮をしました。しかしまだ一日二日は静かにお休みになるほうがよろしいでしょう」

と言って、また、

「ここからのお送りは私がいたしましょう」

とも言ったので、その家へ行きたい気もなかったが、やむをえず源氏は同道して行くことにした。自分の車へ乗せて大臣自身はからだを小さくして乗って行ったのである。娘3のかわいさからこれほどまでに誠意を見せた待遇を自分にしてくれるのだと思うと、大臣の親心なるものに源氏は感動せずにはいられなかった。

こちらへ退出して来ることを予期した用意が左大臣家にできていた。しばらく行って見なかった源氏の目に美しいこの家がさらに磨き上げられた気もした。源氏の夫人は例のとおりにほかの座敷へはいってしまって出て来ようとしない。大臣がいろいろとなだめてやっと源氏と同席させた。絵にかいた何かの姫君というようにきれいに飾り立てられていて、身動きすることも自由でないようにきちんとした妻であったから、源氏は、山の二日の話をするとすればすぐに同感を表してくれるような人であれば情味が覚えられるであろう、いつまでも他人に対する羞恥と同じものを見せて、同棲の歳月は重なってもこの傾向がますます目だってくるばかりであると思うと苦しくて、

「時々は普通の夫婦らしくしてください。ずいぶん病気で苦しんだのですから、どうだったかというぐらいは問うてくだすっていいのに、あなたは問わない。今はじめてのことではないが私としては恨めしいことですよ4

と言った。

「問われないのは恨めしいものでしょうか」

こう言って横に源氏のほうを見た目つきは恥ずかしそうで、そして気高い美が顔に備わっていた5

「たまに言ってくださることがそれだ。情けないじゃありませんか。訪うて行かぬなどという間柄は、私たちのような神聖な夫婦の間柄とは違うのですよ。そんなことといっしょにして言うものじゃありません。時がたてばたつほどあなたは私を露骨に軽蔑するようになるから、こうすればあなたの心持ちが直るか、そうしたら効果があるだろうかと私はいろんな試みをしているのですよ。そうすればするほどあなたはよそよそしくなる。まあいい。長い命さえあればよくわかってもらえるでしょう」

と言って源氏は寝室のほうへはいったが、夫人はそのままもとの座にいた。就寝を促してみても聞かぬ人を置いて、歎息をしながら源氏は枕についていたというのも、夫人を動かすことにそう骨を折る気にはなれなかったのかもしれない。ただくたびれて眠いというふうを見せながらもいろいろな物思いをしていた。若草と祖母に歌われていた兵部卿の宮の小王女の登場する未来の舞台がしきりに思われる。年の不つりあいから先方の人たちが自分の提議を問題にしようとしなかったのも道理である。先方がそうでは積極的には出られない。しかし何らかの手段で自邸へ入れて、あの愛らしい人を物思いの慰めにながめていたい。兵部卿の宮は上品な艶なお顔ではあるがはなやかな美しさなどはおありにならないのに、どうして叔母君にそっくりなように見えたのだろう、宮と藤壺の宮とは同じお后からお生まれになったからであろうか、などと考えるだけでもその子と恋人との縁故の深さがうれしくて、ぜひとも自分の希望は実現させないではならないものであると源氏は思った。


  1. 桐壺帝。源氏の父。文中では単に「帝」とされるが、作品中には4代の帝(桐壺帝、朱雀帝、冷泉帝、宇治十帖での帝)が出てくるので、便宜上「桐壺」が付けられる。↩︎

  2. あじゃり。高僧のこと。↩︎

  3. 葵の上。源氏の正妻。この頃は源氏との関係はあまりうまくいっていない。夕霧(源氏の長男)を生んだ後に亡くなる。亡くなる理由は六条御息所(源氏の愛人の一人)の(生霊による)嫉妬によるものとされている。六条御息所は物語初期ではずいぶん気の毒な役割を充てられている。↩︎

  4. 自分に会いながら幼女を連れ帰る算段を考える男の方がよほど恨めしいのでは…。↩︎

  5. 源氏は不満そうですが、葵の上も含め、紫の上、明石の君、玉鬘と、源氏物語の女性は割と常識的に書かれていて、源氏はエキセントリック。この時代の女性はそれほど男性に会わなかったため、男性の噂話を集めて煮詰めて書くことになり、ちょっと共感しにくい男性像になっているのでは?その割には薫は割とまともで、ちょっとよくわからないところがあります。↩︎